日本発 海藻の力で世界にイノベーションを。ふえるわかめちゃん®の理研ビタミンが描く、海藻でときめく未来

インタビューの経緯

2050年までに温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させるカーボンニュートラルの実現に向け、ブルーカーボンの重要性は国内外で急速に認知が高まりつつあります。

そんな中、2022年5月に発表された下記の研究発表が大きな反響を呼びました。

ニュースリリース

論文原著

この度わたしたちブルーカーボンプロジェクトは、論文を発表した理研ビタミン株式会社(以下、理研ビタミン)にお話を伺うことができました。

インタビューにお応えいただいたのは経営企画部 広報・IR室長の井上 与志也さんと、研究者として論文を発表されたご本人である理研食品株式会社 原料事業部長の佐藤 陽一さんです。

本研究の内容や画期的であったポイント、そして世界の海藻研究開発のトップランナーであり続ける同社の歴史や社会貢献に対する想いを伺うことができました。

ビタミンAから海藻へ。理研ビタミンの成り立ちとブルーカーボンとの関わり

岩手県広田湾におけるワカメ養殖(写真提供:理研ビタミン)

理研ビタミンとは?

今回論文を発表した理研ビタミンは「わかめスープ」や「ふえるわかめちゃん®」「リケンのノンオイル 青じそ」など、海藻やドレッシング製品を製造・販売する、わたしたちの家庭にも身近な企業です。

業務用では社名にもあるビタミン類や、調味料、食品用改良剤などの製造・販売も行っています。

そんな理研ビタミンがブルーカーボンに関わるようになった背景には、会社の成り立ちと歴史があります。

リケンのノンオイル 青じそ(写真提供:理研ビタミン)
ふえるわかめちゃん® 三陸(写真提供:理研ビタミン)

理化学研究所から海藻研究開発のトップ企業へ

理研ビタミンという社名からわかるように、同社のルーツは戦前に設立された自然科学の総合研究所である「理化学研究所」の中でビタミンAの製造を行う一部門でした。

ビタミンAとはタラなど魚類の肝臓に含まれる肝油の成分です。財閥解体などを経て現在の理研ビタミンが事業を引き継ぎ、天然ビタミンAを製造していましたが、天然物から有用成分を抽出・精製・濃縮する技術をビタミンA以外に応用し、現在のような独自の商品を数多く生み出すようになりました。

1960年代、同社はつながりが深かった海洋資源に目をつけます。ワカメの養殖が一大産業になることを見越し集中的に研究開発を行った結果、1970年代に画期的な商品であるカール状乾燥わかめの開発に成功します。

これが転機となり同社はワカメのトップメーカー、そして海藻の研究分野の最先端企業となり、現在に至ります。

ゆりあげファクトリー内部(写真提供:理研ビタミン)

なぜやるのか

井上さんは、日本人にとってワカメやモズクといった海藻は非常に身近な食品であり、身近すぎるが故に、その力や魅力が注目されてこなかったのではと語ります。

海藻のトップメーカーである理研ビタミンが海藻の魅力や可能性に光を当てることで、これからの海藻産業をもっと発展させていきたい、人々を海藻でときめかせたい、という想いがあるそうです。

ふえるわかめちゃん®のリケンから新しく、海藻商品の統一ブランド「ときめき海藻屋」が誕生します。…

世界的に水産資源が注目されるようになり海外でも海藻の研究は大きく進んでいますが、海藻といえばやっぱり日本が第一線で、中でもやっぱり理研ビタミンが一番。という認識に繋げたいと語りました。

浮遊回転式陸上養殖水槽(写真提供:理研ビタミン)

ブルーカーボンへの取り組み

世界では日本を含む123か国と1地域が、2050年までのカーボンニュートラル実現を表明しています。

ブルーカーボンはワカメやコンブ、モズクなどの海藻や海草などが光合成することにより海洋生態系に貯留される炭素を指します。

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ブルーカーボンとは、海洋生物の作用により海洋環境に貯留された炭素のことです。 植物は光合成により二酸化炭素を吸収し、炭素を隔離します。陸上の生物が隔離し貯える炭素をグリーンカーボンと呼ぶのに対し、海の生物の作用により貯えられる炭素を[…]

海藻を扱うトップ企業である理研ビタミンは、将来のイニシアチブを取れるよう現段階から積極的にブルーカーボンへの研究を進めています。その研究成果を下記にご紹介します。

研究の内容と重要性

陸前高田ベース(写真提供:理研ビタミン)

ブルーカーボンの炭素固定能力を精緻に計測する世界初の研究発表

ワカメやモズクといった海藻の養殖場はブルーカーボン生態系として重要な役割を果たすとして世界的に大きく期待されているにも関わらず、その炭素固定能力【純生態系生産力(NEP:Net Ecosystem Productivity)】を適正な手法で計測した調査事例はほとんどありませんでした。

本研究は、天然藻場と海藻養殖場、そして磯焼け場の溶存酸素量を連続的に記録することで、純生態系生産力をこれまでよりも高い精度で推定することに成功しました。

ニュースリリース

これまで、海藻のブルーカーボン能力の測定に関しては世界中で多くの研究事例がありますが、いまだに基準となる方法は確立されていません。そのため、ブルーカーボンの有用性は期待されつつも実際のカーボンクレジットの取引には課題が多いのが現状です。

本研究によりブルーカーボン効果の定量化を実現し、海藻養殖や藻場保全が温室効果ガス削減に寄与する知見が得られました。カーボンクレジット取引に向けても大きく前進したと言えるでしょう。

本研究のポイントとこれまでの課題

佐藤陽一さんは、本研究で重要なことは、本研究では海藻養殖場および天然海藻群落における溶存酸素濃度の日内変動から生態系総生産量と生態系呼吸量を推定し、より正確に炭素固定能力を示したことにあるといいます。

海藻が生きている間は光合成によって炭素を固定する活動を行いますが、呼吸により酸素を消費し二酸化炭素を発生させる活動も行います。つまり光合成をしない期間との差を考えなければ正確な量を測ることができません。また、養殖場および天然藻場ともに、生態系としては他生物の影響も考慮する必要があることから、従来の海藻を収穫しその重量から炭素固定量を試算する方法よりも正確な推計方法が求められていました。

本研究の場合、10月から4月のわかめ養殖期間においては、養殖場所によって炭素固定の場として働く日数が変化することが判明しました。

また、長崎県の天然藻場(ガラモ場:ホンダワラ属から構成される藻場)はシーズンの半分以上で炭素固定の場として機能しており、宮城県のワカメ養殖場と同程度の機能があることがわかりました。

一方で沖縄のオキナワモズク養殖場の場合、呼吸の代謝量が大きく意外に炭素固定日数が少ないことがわかりました。オキナワモズク養殖場はサンゴ礁に設置されているために、周辺に生育するサンゴや多様な動物などの影響を受けたと考えられるとのことです。

これまで行われていた室内での実験は安定した環境で純粋に培養した試料を用いているため、自然環境では大きく異なる結果が出ることも重要な研究結果だといいます。

自然環境に設置された海藻養殖場は水温や水流による懸濁、周りの生物による影響を大きく受けるため、実験室での実験データが必ずしもそのまま当てはまるわけではないのです。

なお、本研究では調査した海域において収穫されたワカメとモズクの総収穫量、種ごとの炭素含有量、ならびに養殖面積をもとに、養殖面積あたりの炭素固定量の試算も行っています。今後、本研究グループでは、この炭素固定量の実測値とNEPの値を、海藻種、養殖場所、時期によっても比較し、データを蓄積していくそうです。

オキナワモズク漁場(写真提供:理研ビタミン)

ブルーカーボンを「過大評価していない」ことが評価

佐藤さんは、この研究が国内外から反響を呼んだ理由はブルーカーボンを過大評価していないことにあるといいます。

ブルーカーボンの観点から海藻養殖は世界的に大きな注目を集めており、養殖場の拡大が検討されています。しかし本研究で明らかになったようにむやみに海藻の養殖場を増やしたところで炭素固定の可能性は種や場所によって一様ではありません。

他方で養殖場の設置によって、使用するロープなどの養殖資材から発生するマイクロプラスチックの問題、減光や栄養塩の除去によりもともとの植物プランクトンをはじめとする他生物の構成を変えてしまうなどの生態系かく乱の可能性についても、欧米の研究者からは指摘されています。

磯焼けの改善はブルーカーボンに明確に寄与

私たちブルーカーボンプロジェクトはこれまで磯焼けに取り組む複数の団体や企業を紹介して参りました。

本研究では磯焼け場と天然藻場、海藻養殖場の比較を行っています。結果、磯焼け場では天然藻場よりも明確に純生態系生産力が低いことが示されています。(論文中、Table2)

磯焼けは日本のみならず世界的な問題となっています。本研究結果は磯焼けの改善や藻場再生・藻場保全に取り組む多くの団体にとって朗報といえるのではないでしょうか。

天然海藻群落(写真提供:理研ビタミン)

「身近すぎる」海藻の裏に理研ビタミン

陸前高田ベース空撮(写真提供:理研ビタミン)

理研ビタミンは様々な海藻の研究を行っています。2017年7月には宮城県名取市に「ゆりあげファクトリー」というワカメをはじめとする海藻類の研究拠点を開設しました。

ワカメを養殖生産する従事者は高齢化や後継者不足などの理由で減少の一途を辿っている一方で、需要はそこまで変わっていないという現状があります。

収量を増やし、生産性を上げていかなくてはワカメの産業が立ち行かない。そこで理研ビタミンではワカメの苗ともいえる種苗(しゅびょう)の研究開発も行っているそうです。

早生(わせ)種苗や晩生(おくて)種苗を併用することで、これまで短期間に集中していたワカメの収穫期を分散するなど、労働負荷の低減が期待されています。

そのほか2021年には岩手県陸前高田に海藻の陸上養殖施設「陸前高田ベース」を開設し、スジアオノリの陸上養殖に取り組んでいます。

ニュースリリース

私たちが普段何気なく食べているワカメやモズク、青のりなどの身近な海藻は、ブルーカーボンに大きく貢献していたり、研究開発によって日々改良が進められています。

その裏には理研ビタミンが存在し、このように私たちが日常的に食べる海藻の研究を行い、安定的な生産を通して海藻産業の未来を支えているのです。

スジアオノリ 乾燥後(写真提供:理研ビタミン)

海藻の最先端の研究が日本で行われている事実

ゆりあげファクトリー外観(写真提供:理研ビタミン)

本インタビューを実施するまで、”理研ビタミンといえば海藻やドレッシングを作るメーカー”というイメージが強く、ここまで海藻の研究分野において最先端を走る企業であるとは知りませんでした。

同社の地道な研究は、私たちがいま日常的に高品質なワカメを食べているこの食文化を築いたきっかけにもなっているのではないでしょうか。

「海藻の力を伝えたい。ときめく未来を伝えたい。」理研ビタミンの「ときめき海藻屋」のトップに掲げられたメッセージです。

磯焼け問題やブルーカーボンの注目により海藻の重要性はこれからも高まっていくことが予想されます。理研ビタミンの研究は世界をリードし、私たちにときめく未来を見せてくれることでしょう。

最後に、お忙しい中インタビューにお応えいただきました理研ビタミンの井上 与志也さんと、理研食品の佐藤 陽一さんに心より御礼申し上げます。

取材協力