先輩から後輩へアマモのたすきを繋ぐ。芦北高校のアマモ場再生への挑戦

当サイトでは、ブルーカーボンの解説記事や日本各地におけるブルーカーボンへの取り組み事例の記事を公開して参りました。

この度、熊本県芦北町でアマモ場の再生に取り組む、熊本県立芦北高等学校 林業科の前島和也教諭(以下、前島先生)にお話を伺うことができました。

本記事では、芦北高校がアマモ場再生活動に携わるようになった経緯や、活動にまつわる様々なエピソードをご紹介いたします。

インタビューからはアマモ場再生にかける前島先生の熱い想いと、次世代を担う芦北高校の生徒さんたちの強い自主性と深い科学的考察力が窺えました。

アマモは『海に生える草』

芦北高校の生徒さんたちが紡いだアマモのたすき
芦北高校の生徒さんたちが紡いだアマモのたすき(写真提供:芦北高校)

芦北高校の事例紹介に入る前に、まずはアマモについて簡単に解説します。

アマモは日本の沿岸域の浅海、砂地に分布する海草(かいそう、うみくさ)の一種です。

私たちが「かいそう」と聞いてまずはじめに思い浮かべるのはワカメやコンブですが、それらは海に生える藻の「海藻」です。

アマモは海に生息していますが、陸上の多くの植物と同じように花が咲き種を作って繁殖する種子植物です。

アマモの生態やアマモ場の機能、ブルーカーボンとの関わりについては下記記事をご参照ください。

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アマモ(写真提供:芦北高校 前島様)
アマモ(写真提供:芦北高校)

芦北高校について

アマモ場再生に取り組んでいる熊本県立芦北高等学校(以下、芦北高校)について紹介します。

農業科、林業科、福祉科の3コース

芦北高校は農業科、林業科、福祉科の3コースを備える全日制の公立高等学校です。大正10年(1921年)に創立、100年の歴史を誇る伝統校です。

国立大学等への進学の他、林野庁職員を目指し入学する生徒も多く、国家公務員一般職(林業)では一次試験合格者数日本一の実績があります。

芦北高校の周りは森、川、海に囲まれた非常に自然豊かな環境であり、近年では『放課後ていぼう日誌』というアニメの舞台にもなっています。

なぜ林業科が海に?きっかけは漁業者のひとこと

アマモ場再生に取り組むのは林業科3年生のうち、課題研究の授業としてアマモ場再生活動を行う『アマモ班』5〜10名のメンバーです。しかし、なぜ林業科が海に取り組むのでしょうか?

森は海の恋人という言葉があるように、森は海への栄養塩供給や土砂の流出を防ぐなどの機能があり、アマモなどの海洋生態系を支えているのは川を通じて上流に広がる豊かな森林です。

前島先生はインタビューの中で「森から海を見つめ、海から森を見つめる」と仰っていました。

芦北高校では、漁師が山に木を植える活動をヒントに、山師は海の状態(アマモの生育)を見つめることで森の健全化を評価しようと考えています。

芦北高校の活動によって再生したアマモ場
芦北高校の活動によって再生したアマモ場(写真提供:芦北高校)

芦北高校によるアマモ場再生活動が始まったのは平成15年(2003年)のことで、2022年現在、この活動は20年目を迎えます。

当時、林業の衰退や畑の開墾などで河川から流入する土砂の堆積や濁水によって、芦北町のアマモ場は大きく衰退していました。昭和50年代は13~14ha(1ha=100,000㎡)あったものが、0.25haにまで減少してしまっていたそうです。

同時期に芦北町漁業協同組合(芦北漁協)では漁獲量の減少が問題となっており、漁協とつながりのあった芦北高校林業科の先生のもとに「漁獲量の減少はアマモが少なくなったせいでは?」と相談がありました。

そこで芦北高校では、日頃学んでいる林業の知識や技術の応用と、高校生自らが主体的に行動し、地域と連携し問題解決を図ることを目的に、アマモ場再生の研究を開始しました。

移植作業中のアマモ班のメンバーたち
移植作業中のアマモ班のメンバーたち(写真提供:芦北高校)

芦北高校のSDGs

近年になって注目を浴びているSDGs(持続可能な開発目標:Sustainable Development Goalsの略)ですが、これまで普通に取り組んできたことであるといいます。

芦北高校の林業科では『地域とともに森を育て、川と海を育む』をスローガンに、アマモ場再生活動のほか、川のホタル再生プロジェクトなども以前から行ってきました。

総合高校の特色を活かし、今世紀人類最大の課題である『食・いのち・環境・資源』を教育の中心に捉えています。

引用元:熊本県立芦北高等学校 学校概要

林業部アマモ班を指導する前島先生

アマモ班を指導しているのは、ご自身も芦北高校の出身という前島和也先生です。前島先生は大学をご卒業後に講師として芦北高校に3年間勤務ののち別の高校に7年、そして現在は芦北高校にて勤務され11年目になります。

アマモ場再生活動が始まったのは前島先生が芦北高校に就任した2年目の出来事。

当時はアマモのことをまったく知らない状態からスタートし、生徒とともにアマモの基礎的知見や造成方法の研究を行ってきました。

その後別の高校に赴任し、芦北高校に戻ってきた時には、アマモ班が気がかりで仕方なかったそうです。

芦北高校のアマモ場造成活動

深夜のアマモ移植作業
深夜のアマモ移植作業(写真提供:芦北高校)

アマモ場造成の手法

アマモ場の造成は、苗を植える移植法と、種子を散布することによる播種(はしゅ)法が用いられています。

アマモの移植法

アマモの移植適期である12~3月の期間に、自生しているアマモから苗を採取して、アマモが消失したエリアに植え付け(移植)を行います。

造成作業は大潮(おおしお:干潮時と満潮時の水位差がもっとも大きい状態)の干潮時に行われます。真冬の深夜の海ということで、非常に寒さ厳しい中での作業です。

林業技術をヒントにしたアマモの播種法

アマモは1mくらいの高さに生長する6~7月ごろに種子を形成します。

芦北高校では林業技術である天然下種更新法を応用し、広範囲に効率的に種子を散布することができる『ロープ式下種更新法』という独自の繁殖方法を全国で初めて考案し、実施しています。

アマモの花枝をロープに結び付ける
アマモの花枝をロープに結び付ける(写真提供:芦北高校)

天然下種更新法とはごく簡単に言えば、もともとあった種子を落下させる樹木を適切に残すことで、効率的に林を形成する方法です。

50mのロープに2m間隔で20本のアマモの花枝(かし:種子のついた部位)の束を固定し、海に沈めることでアマモの種子を効率的に自然供給します。

すべて手作業で行われる
すべて手作業で行われる(写真提供:芦北高校)

林業科ならではのこの方法によってアマモを効率的に増やす手法を確立。作業効率の飛躍的な向上と経費の削減、そして広範囲に作業ができるようになりました。

2020年には活動当初の30倍の面積である7.5haにまで回復する成果を得ることができました。

等間隔にロープに結び付けたアマモを海へ投入する
等間隔にロープに結び付けたアマモを海へ投入する(写真提供:芦北高校)

再生したアマモ場では水産資源としても重要な高級魚のヒラメやメバルのほか、タツノオトシゴやクルマエビなど多くの生物が観察されています。仔稚魚の生育場所としての期待から、漁協で行っている稚魚放流の場所にもなっています。

アマモ場に生息する生物(ヒラメ)
アマモ場に生息する生物(ヒラメ)(写真提供:芦北高校)

さらに東京大学で行われた水産多面的機能発揮対策報告会や熊本大学での研究発表、全国アマモサミットへの参加、全国高校生マイプロジェクトアワード2020 全国Summit出場、マリンチャレンジプログラム2021全国大会での受賞など、他にもこれまで多数の研究発表と受賞歴を誇り、輝かしい成果を収めています。

こうした成果が認められるようになり、地元漁協や自治体からの協力も厚く、大学や研究機関との共同研究も行われています。

YouTubeで芦北高校の取り組みが紹介されている

2020年熊本県を襲った豪雨災害

令和2年(2020年)7月に熊本県を中心に発生した豪雨災害。芦北地域では1時間の降雨量が120mmだったそうです。この影響により、7.5haまで広がったアマモ場のうち5haが消失してしまう壊滅的な被害を受けました。

2020年6月のアマモ場(災害1ヶ月前)
2020年6月のアマモ場(災害1ヶ月前)(写真提供:芦北高校)

30~40cmもの土砂が堆積しヘドロ化、海が濁ってしまうことで光合成ができず、発芽はするが生育不良に陥ってしまう状態にも。

これまで代々のアマモ班の先輩たちが、長い長い時間をかけて再生してきた芦北のアマモ場。それが、一夜にして壊滅的なダメージを負ってしまいました。

災害1ヶ月後、2020年8月のアマモ場。壊滅的な被害を受けた
災害1ヶ月後、2020年8月のアマモ場。壊滅的な被害を受けた(写真提供:芦北高校)

諦めずに再びアマモ場の再生を目指す

これまでの手法では、ヘドロが多い状況ではアマモの定着に十分な成果を得ることができませんでした。

そんな中、アマモ再生を決して諦めなかったアマモ班の生徒たちは、堆積したヘドロを小さなポットに入れ、アマモを発芽・定着させて育てるという方法を自ら考案しました。まさに逆転の発想です。

ヘドロをポットに入れ、種からアマモを育てる
ヘドロをポットに入れ、種からアマモを育てる(写真提供:芦北高校)

豪雨災害によりアマモ場は甚大な被害を受けましたが、ヘドロを活用し苗を栽培する技術を自発的に生み出すことができました。

アマモ班の活動は代々生徒が主体となって行われています。「教員は町や地域とのつながりの役割」と前島先生は語ります。

余談ですが、前島先生が担当となる一代前のアマモ班の指導にあたったのは大学を卒業して初任の先生で、なんと元芦北高校アマモ班のメンバーだったそうです。

こうして生徒が主体となって先輩から後輩へ引き継がれていくことで、高校3年生の一年間の研究でも着実に技術を向上させています。

アマモ場再生活動で未来へつなぐ

水槽を使ってヘドロポットでのアマモ育成研究をおこなう
水槽を使ってヘドロポットでのアマモ育成研究をおこなう(写真提供:芦北高校)

これまでの活動が徐々に評価され、地域では環境関連の勉強をしたい中学生たちが芦北高校に進学してくることが増えたそうです。中にはアマモの研究を目的に芦北高校を目指す生徒もいるそうです。

また、研究に対し町からの支援や、研究機関が研究の手法やアマモの室内育成のための水槽の提供を行ってくれたりなど、着実に活動が広がってきています。

インタビューを終えて

海や森林といった自然環境や生き物を教材とすることで、生徒たちが科学的な思考と実践を行なっていると感じました。

図らずも前世代によって失われてしまったアマモ場の再生を、次世代を担う高校生たちが自主的に取り組んでいる事実。これからの環境問題解決を先頭に立って牽引していく存在になってほしいと感じました。

最後に、インタビューの中で前島先生からは生徒たちへの深い信頼と、教育に対する真っ直ぐで真摯な思いを感じました。年度末のお忙しい中、インタビューに快く対応いただきました前島先生に感謝申し上げます。

参考