ブルーカーボン活用によるシクミを創り、持続可能な自然再生活動を。ボランティアベースからの脱却のためのJBEの取組

気候変動に大きく関わるCO₂。藻場やマングローブといったブルーカーボン生態系はその吸収源として注目され、四方を海で囲まれた日本では有効活用のための研究が進められています。

この度私たちブルーカーボンプロジェクトは、日本のブルーカーボン研究の第一人者であり日本初のブルーカーボンクレジット『Jブルークレジット®』の創設者である、ジャパンブルーエコノミー技術研究組合 理事長の桑江 朝比呂(くわえ ともひろ)さんにお話を伺うことができました。

ジャパンブルーエコノミー技術研究組合(Japan Blue Economy Association:以下、JBE)は沿岸域における気候変動対策を促進し、海洋植物によるブルーカーボンの定量的評価、技術開発及び資金メカニズムの導入等の試験研究を行うため設立された研究機関です。

ジャパンブルーエコノミー技術研究組合 理事長 桑江 朝比呂さん
桑江 朝比呂さん(写真提供:ジャパンブルーエコノミー技術研究組合)

本インタビューではJBEの設立経緯と詳しい活動内容、日本初のブルーカーボンクレジットである『Jブルークレジット』について伺いました。

ブルーカーボンの特徴と重要性

ブルーカーボン生態系のひとつ、マングローブ
ブルーカーボン生態系のひとつ、マングローブ(写真提供:ジャパンブルーエコノミー技術研究組合)

そもそもブルーカーボンとは何なのか?どのような特徴があり、なぜ今世界中で注目を集めているのでしょうか。

これまで当サイトでは基礎的なブルーカーボンの解説を記事にしてきましたが、今回改めて桑江さんに伺いました。

ブルーカーボンの特徴

ブルーカーボンとはUNEP(国連環境計画)が2009年にはじめて作った言葉です。

もともと生物によって大気中から取り込まれ貯留されたCO₂をグリーンカーボンと呼んでいましたが、そのうち海洋生物によって吸収され貯留されたものをブルーカーボンと呼び、区別するようになりました。

海の生態系によって取り込まれるブルーカーボンには以下のような特徴と利点があることから世界中で注目を集めています。

  • 森林のように根や幹など植物体内に取り込まれるのと異なり、主として土壌や海水など植物外に炭素が隔離される
  • 森林が貯留する炭素は伐採までの数十年間である一方、海底土壌や深海に貯留された炭素は数千年かからないと分解されないため、安定した貯留効果を見込める
  • 海洋全体の1%にも満たない浅い海域によって貯留されるブルーカーボンが、海洋全体で貯留されるブルーカーボンの約80%を占める

カーボンニュートラルに向けたブルーカーボンの重要性

パリ協定以降に新たな目標となった、2050年までの温室効果ガス排出量ネットゼロ(CO₂の排出量と吸収量の収支を実質ゼロにすること)。

企業は自ら排出するCO₂の量をできるだけ削減するとともに、どうしても排出されるCO₂については削減活動に投資すること等により、排出されるCO₂を埋め合わせる考え方が広がっています(カーボンオフセット)。

また、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)3つの単語の頭文字を取った『ESG』は近年、企業が長期的成長を目指すうえで欠かせないものとなり、ESGに配慮した企業に対して投資を行うことをESG投資と呼んでいます。

そこで世界的に注目されているのが上記のような特徴を持ったブルーカーボンです。

日本国内では、2030年までに森林によるCO₂吸収量が徐々に減少していく一方、ブルーカーボンによる吸収量は現状のままか、むしろ増加する可能性があるそうです。

ブルーカーボンやブルーカーボン生態系についてさらに詳しくは、以下の記事を参照してください。

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ジャパンブルーエコノミー技術研究組合の設立

(写真提供:ジャパンブルーエコノミー技術研究組合)

桑江さんとブルーカーボンの関わり

桑江さんが旧運輸省港湾技術研究所で研究をはじめたのは1995年。沿岸環境の再生や干潟造成などの研究に務めていました。当時はもちろんブルーカーボンという概念はなく、『自然保護』という言葉しかなかった時代です。

研究対象は干潟からマングローブ、藻場(海藻・海草が茂る場所)といった、現在ブルーカーボン生態系として注目されている場所でした。

桑江さんの所属する研究所は現在国土交通省が所轄。港湾区域はもともと物流のための場所であるため、藻場造成など沿岸域の環境活動は目的外となり、官主導では積極的に保全や再生を進めることは出来ません。

そのため、港湾における藻場の保全・再生など海辺の環境活動はこれまで地元のNPOや漁業者によるボランティア活動に依存している状態でした。

JBEを作った大きなきっかけがまさにここにあります。「ブルーカーボンを支えている海洋環境の整備が持続可能な仕組みではない」ということです。

ボランティアによる環境活動の課題点

海辺の環境活動(保全、移植、種付け、清掃、教育など)は多くの場合、地元の小規模の市民団体やNPO法人などによって支えられています。

そのため、意欲的な団体があれば活動は維持されるものの、例えば団体の中心となっている方が引退するとそのまま活動が停止してしまう、というケースもあるそうです。

また、活動を維持・拡大していくうえで資金の調達がボトルネックになっています。

補助金が活用されているものの限界がある

藻場は海のゆりかごとも呼ばれ、海産生物の生育場所として重要
藻場は海のゆりかごとも呼ばれる(写真提供:ジャパンブルーエコノミー技術研究組合)

アマモ場やガラモ場など沿岸域の藻場は水産生物の生育場所にもなることから、二酸化炭素の吸収源としてだけでなく水産業にとっても非常に重要です。

しかしその藻場が減少してしまう『磯焼け』が近年深刻化しており、水産庁では藻場や干潟の保全・創造のための『藻場・干潟ビジョン』を策定し対策に取り組んでいます。

水産庁の補助金を活用して漁協などが磯焼け対策に取り組む漁協も多いのですが、補助金も当然恒常的なものではないため持続的な活動とはいえません。

目に見えないCO₂は市民にとって問題意識を持ちにくい

今後の気候変動に立ち向かっていくためには、市民の行動変容が必要と桑江さんは語ります。

海ごみやマイクロプラスチックは目に見えるため問題意識につながり、ゴミを減らすなど改善に向けたアクションを起こしやすい一方、CO₂は目に見えず一般に暮らす私たちにとって実感が沸かないため、なかなか意識を向けにくい状況にあります。

漁業者の方やマリンスポーツに関わる方など普段から海に接している人たちは、人間活動により年々海が変化している実感があります。

一方で普段は海から離れたところで生活している人たちもなにか「自分ごと」になるようにしていく必要があるということでした。

これまでの環境活動の課題

こうしてこれまでのブルーカーボン生態系の保全活動には以下の課題が見えてきました。

  • 沿岸の環境活動がボランティアベースで成り立っているため活動が持続可能でない
  • 環境活動を行う団体の資金不足により持続的な活動が困難
  • 補助金を用いた沿岸海域の磯焼け対策も行われているが恒常的でない
  • 温室効果ガスは目に見えないため、一般市民にとって行動変容を起こしにくい

環境活動における課題解決のための『4つの要素』

桑江さんはCO₂吸収源としてブルーカーボンの重要性を認識していましたが、上述のとおりブルーカーボンが貯留する場所の多くはボランティア活動や補助金の活用によって支えられています。

このままでは将来にわたるブルーカーボンの持続的な活用が非常に厳しい状況であると危惧していました。

ものごとの社会実装にはヒト、モノ、カネ、シクミ、の4つの要素が必要であると桑江さんは語ります。

ブルーカーボンの世界ではヒトやモノ(場所)、技術はあるものの「カネ」と「シクミ」が不足しているのが現状です。

企業、環境活動団体、市民。三者のニーズを満たし問題解決の『シクミ』をつくる

2050年の炭素排出量ネットゼロ(カーボンニュートラル)に向けたブルーカーボン活用には、民間主導による自発的な行動でスピード感を持って対応していく必要があります。

それには、活動主体に資金が環流する仕組みと補助金以外での資金導入が必要不可欠です。

  • 活動の認知度を広げ資金を得たい環境活動団体のニーズ
  • ESG投資やゼロエミッション達成にブルーカーボンを活用したい企業のニーズ
  • 酸化炭素を目に見える形にしてほしい、知りたいという市民のニーズ

こうして創設されたのが、三者のニーズを満たし、ブルーカーボンを活用した資金調達を可能にする仕組みを創るジャパンブルーエコノミー技術研究組合です。

脱炭素に向けた経済産業省の取り組み

GX(グリーントランスフォーメーション)とGXリーグ基本構想

GXとは、グリーントランスフォーメーション(Green Transformation)の略です。GXは『温室効果ガス排出削減と産業競争力の向上の実現に向けた経済社会システム全体の変革』と説明されています。

2022年2月、経済産業省はGXリーグ基本構想を発表しました。GXリーグは、世界的課題である気候変動に対し日本の企業がリーダーシップを持って経済社会システム全体の変革に取り組んでいくための構想を指します。

これまでの環境問題対策は企業にとっては制約やコスト増を強いられるものでしたが、サステナビリティ(持続可能性)とイノベーションを両立させ、適切に儲ける構造を作ることをGXの目指すところとしています。

カーボンクレジット取引市場の創立

再生可能エネルギーの導入や省エネ技術の導入、または植林や間伐などの森林保護により実現できた温室効果ガスの削減量・吸収量を、決まった方法に従って数値化し取引可能なかたちにしたものをカーボンクレジットと言います。

東京証券取引所では経済産業省とともに、2022年9月のカーボンクレジット市場の試行取引開始に向けてルール作りなどの準備が進められています。

持続的な環境活動のためのカーボンクレジット『Jブルークレジット®』

Jブルークレジット®とは?

沿岸の環境活動を行うNPOや漁業者は、藻場再生などによりCO₂の吸収源を作る強みを持つ一方で資金面に弱く、民間企業は資金面には強みを持ちますが専門性の高いCO₂吸収源の構築はなかなかハードルが高いです。

両者のニーズを汲み取り、経済産業省、環境省、農林水産省が運用するグリーンカーボンのクレジット『J-クレジット』に対して、2021年にJBEが創立した海専用の民間のカーボンクレジット制度が『Jブルークレジット®』です。

クレジット創出者(NPOや漁業者などの団体)はクレジットを販売することで活動資金を確保するとともに認知度を向上させ、持続的に活発な取り組みを行っていくことができます。

クレジット購入者である企業や団体にとっては間接的にCO₂削減に貢献でき、ゼロエミッションの目標達成に近づくとともに社会貢献による企業評価の向上が見込めます。

“ストーリー”がJブルークレジット®の価値を向上させる

写真提供:ジャパンブルーエコノミー技術研究組合

2021年度、3例の取り組みについてJブルークレジット®の取引が成立し、数十社の企業が計64.5t-CO₂相当のクレジットを購入しました。これは日本のブルーカーボン活用の大きな一歩といえます。

Jブルークレジット®は現在のところ森林のクレジットと比較して高値で取引されています。また、コベネフィット(水産資源の活用や水質浄化、生物多様性向上など、ブルーカーボンの貯留だけではない複数の利益)もクレジットの付加価値として評価されています。

地域の子どもたちの活動や漁業に好影響をもたらす取り組みであったり、クレジット創出者が地元の市民と一丸となって取り組んでいることが評価されたりなど、単純にCO₂の量だけでななく創出されたストーリーもJブルークレジット®の価値になっているそうです。

また、クレジットを創出する取り組みを通して単に譲渡して資金を得るだけでなく、例えば同時に海の持続可能性に配慮し養殖した海藻を販売するなど、自分たちの商品づくりに繋げることも期待されています。

おわりに

JBEは『海洋との関わりをより深め、次世代、次々世代以降も持続的に海から恵みを受けられるようにする新たな方法や技術を開発すること』を目標に掲げています。

環境問題は持続可能であるべきという願いは、私たちがこれまでインタビューを行ってきた、ブルーカーボンに期待を寄せる多くの方に共通することでした。

私たちが当サイトを設立したのも、水産流通に関わる中で減りゆく水産資源を目の当たりにし、持続可能で豊かな海を作っていきたいという想いがあります。

今後もこうした情報発信を通してブルーカーボン生態系の保全と再生、そして次世代、次々世代に豊かな海を引継ぐことが出来るよう取り組んで参ります。

この度はお忙しい中取材にご協力いただき、心より感謝申し上げます。

取材協力

ジャパンブルーエコノミー技術研究組合(Japan Blue Economy association:JBE)理事長 桑江朝比呂様

ジャパンブルーエコノミー技術研究組合 Japan Blue Economy Association

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