ブルーカーボン生態系が抱える課題点とその解決に向けて

ブルーカーボン生態系とは

地球には陸地にグリーンカーボンがあり、海にはブルーカーボンがある

2009年の国連環境計画・年次報告書で登場して以降、海洋生態系に取り込まれる温室効果ガスとしての二酸化炭素(CO2)はブルーカーボンと呼ばれ、世界的な注目を集めています[1]。

特に炭素の隔離能力が高いとされる海草場(Seegrass)や湿地・干潟(Tidal marsh)、マングローブ林がブルーカーボンを吸収する主要な海洋生態系として考えられています。

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これらの海洋生態系(ブルーカーボン生態系)は重要な炭素吸収源となる一方で、ブルーカーボンにはいくつかの課題が存在します。

現在、ブルーカーボンの役割を理解するための数多くの研究が進められており、本稿ではブルーカーボン生態系が抱える課題とその解決に向けた取り組みをご紹介します。

ブルーカーボン生態系のリスクと課題

ブルーカーボン生態系のリスクと課題

そもそもブルーカーボン生態系は大気中のCO2吸収に対して重要な役割を担う一方で、様々な撹乱(Disturbance)の影響により、これらのCO2ガスが再び大気中に放出されるというリスクの存在が知られています[2]。

撹乱とは生態系や土壌に対して生じるもので、それぞれ直接的もしくは間接的にブルーカーボン生態系に影響を及ぼす可能性があります[3]。

例えば、植生に暴露される光量の減少や水域の富栄養化などは生態系に直接的に影響する一方で、土壌の浚渫(しゅんせつ:河川等の底面の土砂を取り去る土木工事)や開削、浸食は生態系に対して間接的な作用をもたらします。

オーストラリア・ケアンズでの実例

ブルーカーボンの代表、マングローブ林(奄美大島)
マングローブ林は代表的なブルーカーボンの一つ。効率よく二酸化炭素を吸収し、成長するにつれ樹木中に炭素を貯蔵する

実際、1976年のオーストラリア・ケアンズにおいて、110ヘクタールものマングローブ林が掘削され、その汽水域が排水される出来事がありました[4]。その結果、土壌中に貯留していた有機物は大気中の酸素と触れて反応し、1ヘクタール当たり34トンもの強酸性化合物(硫酸など)を発生させ、周囲の河口へと流れ込むこととなりました。

さらに土壌が掘削により失われ、土壌中に貯留された680トンもの有機物が失われました。生態系に対してこれらが作用することで大気中に放出されたCO2の量はおよそ100テラグラム(10^14 グラム)という莫大な量と推定され、オーストラリア政府は失われた生態系の回復に向けた取り組みを進めています。

このようにブルーカーボン生態系への撹乱は大気中へのCO2放出に多大なる影響を及ぼす可能性があり、CO2の吸収・放出サイクルにおいて生態系が担う役割を正確に理解することが必要です。

ブルーカーボン生態系の課題と解決

そこでブルーカーボン生態系の複雑な役割を明らかにするうえで求められる具体的な課題として以下の三点が挙げられます。

ブルーカーボン生態系におけるCO2吸収量の正確な評価

まず、生態系によるCO2の吸収量を評価することが重要であるにも関わらず、その正確な評価が未だにできていないという一つ目の課題があります。

従来の想定では、土壌が撹乱を受けると表層1メートルの炭素が大気中へのCO2放出に関与すると考えられてきました。しかし、より深層に貯留された炭素の損失過程については未解明の点が多く,その成否についてさらなる検証が必要とされています[5]。

ブルーカーボン生態系の定義

二つ目の課題として、上述したブルーカーボン生態系の他に新たに大型藻類を加えられるかという定義上の課題があります。現在は先に上げた海草、湿地、マングローブの三種類がブルーカーボン生態系と捉えられていますが、大型藻類を含めるかが議論の的になっています。

これは大型藻類が沿岸域に広大な植生を生み出すことにより、大気中から高い炭素隔離効果を持つことが示唆されており[6]、ブルーカーボン生態系に含まれうるという発想に由来しています。しかし、すでに分布している植生の起源を正確に追跡することが困難であることなどの理由から、その定義については慎重に検討されています。

撹乱によって生じたCO2の評価

さらに三つ目として、海洋生態系に蓄積された炭素は様々な撹乱によりCO2の発生源となりえるものの、その評価が困難であるという課題があります。

撹乱は先に上げた人為的な要因だけでなく、周辺環境の温度や酸素含有量、養分量などといった自然環境によって生じる要因も存在します。

現在、地球の平均気温は年々上昇しており、周辺環境の温度変化はブルーカーボン生態系に変化をもたらす可能性があります。これらの要因を特定するためには生態系に対する撹乱の効果について、実験研究と理論研究の両面から詳細に調べる必要があります。

例えばオリジナルのCO2や撹乱により生じたCO2と、生態系に吸収された量とのバランスについてモデルを構築する研究が提案されています[2]。

まとめ:ブルーカーボン生態系の課題解決に向けて

ブルーカーボン生態系は地球環境保護に貢献する

このように現在、上述した課題の解決に向けて、多くの精力的な研究がなされています。本稿では主な三つの課題を取り上げ、その解決に向けた取り組みについてお示ししました。

ブルーカーボン生態系のCO2吸収に対する役割には複雑な側面がある一方で、これらの課題を解決することは地球環境保護に貢献する施策へとつながる可能性があります。

CO2削減を目指す取り組みは世界的に進んでおり、ブルーカーボン生態系の観点からCO2削減に向けた新たな研究成果が期待されます。

参考文献

  • [1] Nellemann C. et al., Blue Carbon. A Rapid Response Assessment. United Nations Environment Programme (GRID-Arendal, 2009).
  • [2] Macreadie P. et al., The future of Blue Carbon science, Nature Communications, 10, 3998 (2019).
  • [3] Lovelock C et al., Assessing the risk of carbon dioxide emissions from blue carbon ecosystems, Front. Ecol. Environm., 15, 257 (2017).
  • [4] Hicks W. et al., Managing coastal acid sulphate soils: the East Trinity example, Advances in Regolith. CRC LEME (2003).
  • [5] Pendleton L. et al., Estimating global “blue carbon” emissions from conversion and degradation of vegetated coastal ecosystems. PLoS ONE 7, e43542–e43542 (2012).
  • [6] Krause-Jensen D. et al., Sequestration of macroalgal carbon: the elephant in the blue carbon room. Biol. Lett., 14, 20180236 (2018).